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大阪地方裁判所 昭和30年(行)9号 判決

原告 辻信誉 外二名

被告 国・大阪府知事

主文

本訴のうち、被告大阪府知事に対し、所有権の確認をもとめ、登記の抹消をもとめる部分を却下する。

原告等のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は「被告は、原告に対し、原告が、別紙物件表記載の土地の所有権を有することを確認すべし。かつ、政府の買収ならびに売渡の無効なることを確認すべし。被告大阪府知事は、別紙物件表記載の(一)の土地になされたる昭和二四年一二月五日受付第五、三二五号原因昭和二二年七月二日自作農創設特別措置法第三条の規定による買収の登記ならびに受付昭和二五年七月四日第五三九〇号原因昭和二三年三月二日自作農創設特別措置法第一六条の規定による売渡、受付昭和二五年七月四日第三七九〇号、原因昭和二三年三月二日自作農創設特別措置法第一六条の規定による売渡による各所有権の移転登記を抹消すべし。被告大阪府知事は、別紙物件表記載の(二)の土地になされたる昭和二四年一二月五日受付第五三二五号原因昭和二二年七月二日自作農創設特別措置法第三条の規定による買収の登記、ならびに受付昭和二六年三月一三日第一四九五号、原因昭和二三年三月二日同法第一六条の規定による売渡による所有権の移転登記を抹消すべし。訴訟費用は被告の負担とす」との判決をもとめ、請求の原因として、つぎの通り述べた。

「別紙物件表記載の土地(本件土地)は、原告等の先代辻恵次郎の所有であつたが、昭和二九年九月九日同人の死亡により、原告等が遺産相続をしてその所有権を取得したものであり、もと大阪府中河内郡巽村大字西足代五五三番地の一の田一筆であつたのが、昭和二五年七月四日、別紙物件表記載の通りの二筆に分筆されたものである。

右の土地について、昭和二二年一二月二六日巽村農地委員会は自作農創設特別措置法(自作法)により農地としてその買収計画を定め、これにもとずいて買収令書が交付され、政府の買収が行われたが、そこに定められた買収の時期までに大阪府農地委員会により買収計画の適法な承認がなく、また買収令書は右買収の時期の後に交付されたものであつて、右の買収はその手続において無効である。そして、右の土地は、右買収計画当時所有者において何人にも小作させておらず、何人も耕作していない、いわゆる休閑地であつて小作地ではなかつたのであり、また、周囲は一帯に人家工場等が多く、一見して農地にあらざること明白であり、この四囲の環境よりするも事実はその形質すでに宅地であり、当時原告が占有し、終戦後食糧難の折から、一時家庭菜園に使用していたが、これとて右宅地の性格を変じたものではなく、その後菜園も廃し、宅地のままとなつていたものであるから、自作法第五条第五号により買収より除外するを相当とする土地であり、さらに、右買収計画および買収令書において定められた買収の対価は、賃貸価格の四十八倍となつているが、事実上宅地たる本件土地については、自作法第六条第三項但書にいわゆる特別の事情あるものとして、時価相当の対価を定むべきに、単純なる小作農地として、右のごとき対価を定めたのは違法であり、なお、買収令書の内容は買収計画と著しく差異あり、以上の諸点において右の買収は無効である。

つぎに原告は、本件土地について、巽村農地委員会が売渡手続を行つた外形の存することは不知であり、これを争う。被告においてこれを適法有効と主張するならば、その点の主張立証をなすべきである。

本件土地についての買収は以上の通り無効であり、従つて、大阪府知事が本件土地についてした所有権の移転登記は当然無効であり、自作法上登記抹消を嘱託する職責を有する大阪府知事においてその登記を抹消すべき義務がある。

よつて、被告に対し、原告が本件土地の所有権を有することの確認をもとめ、かつ、知事が、右土地の買収を取消し、その所有権を原告に復帰することをもとめるため本訴におよんだ」。

被告国指定代理人は「原告等の請求のうち、政府の買収の無効確認をもとめる部分を棄却し、原告のその余の訴を却下する。訴訟費用は原告等の負担とする」との判決をもとめ、被告知事指定代理人は「原告等の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする」との判決をもとめた。

被告国の答弁はつぎの通りである。

「本件土地は、もと大阪府中河内郡巽村大字西足代五五三番地の一田一段三畝七歩の一筆で、原告等の先代辻恵次郎の所有であつたが、巽村農地委員会はこれについて、昭和二二年一二月二六日自作法第三条第一項第一号に該当する農地として、買収の時期を昭和二三年三月二日とする農地買収計画を定めてその旨の公告をし、大阪府農地委員会は昭和二三年二月二九日右買収計画を承認し、大阪府知事はこの買収計画にもとずいて同年七月中旬買収令書を右辻恵次郎に交付し、同人はすでに買収の対価を受領している。右の土地のうち、別紙物件表記載の(二)の土地一段七歩の部分は原告等の縁者に当る榎本民三郎が管理し、これを二羽賢二に小作させ、また(一)の土地三畝の部分は、中村音次郎が辻恵次郎から大正年間に賃借して小作してきていた土地であつて、いずれも小作地とみとむべき土地であつたのであり、また、原告の主張するような自作法第五条第五号によつて買収から除外するのを相当とするような状況になく、仮に、そのような状況にあるものとみとめられるとしても、その点は買収の無効原因となるものではない。原告は買収の対価の違法も主張するが、この点は、自作法第一四条の訴により主張すべきで、これをもつて、買収処分の効力を争うことはできない。

以上の通り、右買収処分には無効原因はなく、その無効の確認をもとめる原告の請求は失当であり、原告は、売渡処分の無効の確認をもとめているが、買収処分が無効でないかぎり、原告はこれをはなれて、売渡処分自体について、その違法を主張する何等の利益がないから、この点の訴は法律上の利益を欠くものといわねばならない。

なお、辻恵次郎が昭和二九年九月九日死亡し、原告等がその遺産相続をしたことはみとめる。また、前記五五三番地の一田一段三畝七歩は、昭和二五年七月四日別紙物件表の通りの二筆に分筆されたものである」。

被告大阪府知事の答弁は、原告の請求のうち、被告大阪府知事に対し原告主張の各登記の抹消をもとめる部分について、この種の請求は、財産権の主体たり得る人の間で争わるべきであり、被告知事は国の機関として登記の嘱託をしたにすぎず、登記の実体たる本件土地の所有権を取得移転する主体となつたものではないから、正当な当事者となることはできない、と述べたほか、被告の答弁と同様である。

(証拠省略)

理由

一、まず、本訴のうち、被告大阪府知事に対し、原告等が本件土地の所有権を有することの確認をもとめる部分および、請求の趣旨記載の各登記抹消をもとめる部分は、被告知事に、その被告たる適格がなく、不適法の訴といわねばならない。

原告等は本訴で、本件土地についての自作法による買収ならびに売渡の無効であることを主張し、その無効なる以上所有権は原告等にあることを主張するのであるが、この関係において、被告知事は、国の機関として、買収、売渡の各処分をする地位にあり、その処分の取消なり無効の確認なりを目的とする訴訟においては、その処分をなした行政庁として被告となり得ることは、行政事件訴訟特例法によつてみとめられているが、土地の所有権確認の訴訟とか、登記の抹消を請求する訴訟など、通常の民事訴訟においては、私権の主体たり得る国をおいて、被告知事のごとき国の機関たるにすぎない行政庁が、訴訟の当事者間となることは、法のみとめるところではない。かかる訴訟において行政庁を被告とする訴の不適法なることは明らかであるから、本訴中、右の部分は不適法として却下するほかはない。

二、本件土地は、もと、大阪府中河内郡巽村大字西足代五五三番地の一田一段三畝七歩の一筆であつたのが、昭和二五年七月四日別紙物件表記載の通りの二筆に分筆されたものであり、右分筆前の本件土地について、巽村農地委員会が、昭和二二年一二月二六日辻恵次郎を所有者として自作法により、買収の時期を昭和二三年三月二日とする農地買収計画を定めたことは当事者間に争がなく同委員会が、右買収計画を定めた日にその旨を公告し、同月三〇日から十日間買収計画書を縦覧に供し、大阪府農地委員会が昭和二三年二月二九日右の買収計画を承認する旨の決議をし、大阪府知事が、同年七月中旬頃右買収計画にもとずいて買収令書を右辻恵次郎に交付したことは、成立に争のない乙第一ないし第五号証と、口頭弁論の全趣旨により明らかであり、本件土地が、右買収令書交付当時辻恵次郎の所有であつたこと、同人が昭和二九年九月九日死亡し、原告等がその遺産相続をしたことは当事者間に争がない。

右によつて、昭和三〇年二月八日に提起された本訴が、右買収令書の交付による買収処分について、自作法第四七条の二に定める出訴期間経過後の訴であることは明白であり、その処分に違法な点があつたとしても、その違法が、右出訴期間経過の故をもつて、争い得ないとすることが、著しく不相当と考えられる程度に重大な瑕疵に当らないかぎり、もはやその違法を主張して、処分の無効を主張し得ない関係にある。いま右の程度に重大な瑕疵を無効原因、そのような瑕疵ある処分を無効な処分とよぼう。本訴請求は、従つて、右買収処分に右にいう無効原因がみとめられないかぎり、その請求を認容することができない関係にある。ところで、訴訟において、行政処分の無効を主張するについては、出訴期間内に提起された行政処分取消の訴とことなり、無効原因たる瑕疵はその無効を主張する者において、これに該当する具体的な事実を指摘主張し、かつ立証する責任を負うものといわねばならない。すなわち、出訴期間内に提起された行政処分取消の訴におけるとその主張責任、立証責任が反対になるわけである。

さて、本訴において、原告が無効の確認をもとめているのは、本件土地についての「政府の買収」と「政府の売渡」とであるが、右は、本件土地について、大阪府知事が、買収令書の交付によつてなした買収処分および、売渡通知書の交付によつてなした売渡処分の無効の確認をもとめる趣旨と解する。そして、原告は、その買収処分について存する瑕疵として、前記買収計画に定めた買収の時期までに大阪府農地委員会による右買収計画の適法な承認がなかつたこと、買収令書が右買収の時期の後に交付されたこと、および、買収令書の内容が、買収計画と著しく異ることを指摘するが、買収の時期が昭和二三年三月二日と定められていたこと、買収計画に対する大阪府農地委員会の承認の決議が同年二月二九日になされていることは、上記認定の通りであり、その時期的関係は原告の主張に副わないし、買収令書の交付が右買収の時期の後になされたことも上記認定の通りであるが、買収令書の交付が右の程度に買収の時期よりおくれたことを特に違法といわねばならないとは考えられない。また、前記乙第一号証(買収計画書)と乙第五号証(買収令書の控)とを対比して、買収令書の内容に買収計画と一致しない点をみとめることができない。

原告はまた、右買収処分の無効原因として、本件土地が小作地でなかつたこと、自作法第五条第五号により買収から除外すべき土地であつたこと、買収の対価が不当であることを主張する。しかし、上記乙第一号証第五号証と原告の主張自体を綜合すると、本件土地は、買収処分当時土地台帳に記載された地目も田であり、もともと、耕作の目的に供されて来た土地すなわち農地であつたことは明らかであり、これを原告は、周囲に人家や工場が多く、その四囲の環境からいつて、宅地の形質をそなえたとみとむべきだとの趣旨の主張をするのであるが、周囲に人家や工場が多いというだけで、農地が宅地となるものとは考えられないし、右主張の程度の状況だけで、自作法第五条第五号に該当する農地として、買収から除外しなかつたことを買収処分の無効原因としての重大な瑕疵とみとめることはできない。

小作地でなかつたという点については、原告は何人にも耕作を許したことがない旨を主張するが、買収計画ないし買収処分当時の本件土地の状況は、何人も耕作していない、いわゆる休閑地の状態であつたというのであり、農地で、所有者その他これを耕作する権原のある者が現に耕作の目的に供していない土地も、買収を相当とみとめるときは買収できることは、自作法第三条第五項第五号(右買収計画、買収処分当時の番号)の定めるところである。被告等は、上記買収処分は、本件土地を不在地主たる辻恵次郎の所有する小作地として自作法第三条第一項第一号によつて買収したと主張するのであり、もし小作地でなかつたとすれば、その点は違法たるをまぬがれないとしても、右第三条第五項第五号で買収できた土地であつたとすれば、その瑕疵は無効原因というに足るほど、重大といわねばならないものとは考えられない。従つて、原告の主張にそつていえば、右買収処分は、本件土地が被告の主張する通りの小作地でなかつたとしても、無効の処分というほどの瑕疵があつたというに足りないとしなければならない。

なお、買収の対価の点は、自作法第十四条による訴をもつて、別にその増額をもとめる途がひらかれているところからいつて、買収処分の効力には関係がないといわねばならない。

そうすると、本件土地の買収処分には、原告の主張にそつていえば、無効というに足るほどの瑕疵があつたとはみとめられないので、これを無効とする原告の主張は認容するに由がなく、買収処分は有効で、これによつて辻恵次郎はその所有権を失つたものとするほかなく、従つて、同人の遺産相続人たる原告等が、その相続によつて、本件土地の所有権を取得したということのできないことは明白である。

なお、原告等は、本件土地についての自作法第十六条による売渡処分の無効をも主張するが、右買収処分の無効を前提としての主張であり、買収処分の無効のみとめられない以上、その主張の失当なることについては多く言う必要がない。

従つて、本訴請求のうち、被告国に対し、原告等が本件土地の所有権を有することの確認をもとめる部分および、被告両名に対し、本件土地についての自作法による買収処分および売渡処分が無効なることの確認をもとめる部分はいずれも失当として棄却するほかはない。

三、よつて、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用し主文の通り判決する。

(裁判官 山下朝一 萩原寿雄 鈴木敏夫)

(別紙省略)

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